生きていくなかで、うまくいかないことがあったり、
コントロールしたくなったりするとき、ありますよね。
今日の記事は、
少しぐらいのストレスは、スパイス的な感じで受け止めていこうというお話です。
「音楽」に例えて説明してみたいと思います。
『音楽』には、
「緊張」と「弛緩」というリズムがある。
このリズムがあるからこそ、美しいとされています。
きれいな旋律、というのは、
その反対の、ちょっと濁った違和感のあるハーモニーがあるからこそわかるもの。
音楽はその、
きれい、と濁りの繰り返しで成り立っています。
きれい、だけでは音楽はつまらないものになってしまう。
何がきれいで、何が濁っているのかわからない、
平坦な音楽になってしまう。
いわゆる「濁り」は、
”緊張感”をともなう部分で、音楽にとってはなくてはならない重要な部分。
一瞬、この先どんな展開になるのかな?と
不安にさせる部分があって、
そのあとふわっと心地よいハーモニーに落ち着く。
この、「落ち着いた」感がまた、
人の心を揺さぶるのです。
緊張した部分も揺さぶられることも多く、
その部分に感動させられること、多々あります。
音楽は、その”緊張”の部分がストレスとなっているから、
そのあとの落ち着くところに落ち着く、感が
また心地よいのだと思うのです。
これは音楽に限った話ではなく、
私たちの日常のあらゆる場面にもあてはまることで、
ストレスがないと、「心地よい」がわからない。
「心地よい」だけでは、退屈なんです。
少しのストレスは、
いい意味で人生にとっては重要なスパイスになっているのでは、と思います。
マウスの実験で、
ストレスを与えたマウスと何もストレスを与えていないマウスとでは、
寿命が違うのだそうです。
ストレスを与えたマウスの方が、長生きしているのだとか。
だから適度なストレスは生きていく上で、
ある意味重要なのではないか、と思います。
私たちは、この現実世界にん二極を体験しに来ています。
先ほどの「きれい」⇄「濁り」とか
「よい」⇄「悪い」など、ふたつでセット。
どちらか欠けても成り立たない。
ストレスは、自分の望みを知るチャンス、と
捉えてみたらいいのではないでしょうか。
思い通りにいかないから、
ストレスを感じるのであって、
では思い通りにしたいことはどんなことなのか?を
自問自答して、その思う通りの自分を想像してみる。
そうやってストレスとうまくつきあっていけば、
多少のストレスもあってもいいのではないかと思います。
ストレスだから、取り除こう・・・と思えば思うほど、
そのストレスは増幅していく。
音楽と一緒で、多少の緊張感はあった方がいい。
その”緊張感”でさえも、
楽しめたらステキですね。
音楽みたいにストレスを感じる部分が、
「なんかこの部分がないとつまんないよね」って思えたら最高ですね。