ピアノ練習において「素直でいること」の大切さ
ヤマハ音楽教室で25年以上レッスンをしてきた中で、
「この子は、きっとこれからもピアノといい関係でいられるだろうなあ」と感じる生徒さんには、ある共通点がありました。
それは、「素直でいること」。
ここでいう「素直」は、
「先生の言うことを100%聞く“いい子”」という意味ではありません。
- 自分を責めすぎない
- アドバイスを一度はやってみようとする
- できないところも、ただの“データ”として受け取れる
こんな しなやかな心の姿勢 のことを、ここでは「素直さ」と呼びたいと思います。
ピアノにかぎらず、仕事・人間関係・勉強…
いろいろな場面で「素直さ」は、
その人の伸びしろを静かに広げてくれます。
この記事では、ピアノ練習の中で「素直さ」が
どんなふうに影響しているかを、4つの視点からお話しします。
「素直でいる」というのは、どういう状態?
まず最初に、「素直=言われたとおりにやること」だと思っていませんか?
本当の意味での素直さは、
- 「わたし、こう思ってたけど…とりあえず試してみようかな」
- 「できなかったけど、次のヒントが見つかったな」
- 「注意されたけど、わたしのことを見てくれているからこその言葉だよね」
といったように、
自分の心をやわらかく保ちながら、現実から学びを受け取る力に近いです。
反対に、心がカチカチになっているときは、
- 「そんなのムリ」「わたしには合わない」
- 「やってみる前から、どうせできない」
- 「また注意された…わたしはダメだ」
と、自分を守るために固くなってしまっている状態。
どちらがいい・悪いではなく、
「どんな心の状態で練習しているか」が、
そのまま上達のスピードや“音の質”にも影響してきます。
1.新しい弾き方や練習法を、軽やかに試せる
素直さがあると、レッスンで新しい弾き方や練習法をすすめられたときに、
「まずは、言われたとおりやってみようかな」
と、一度“実験”してみる余裕が生まれます。
例えば、先生から
- 「右手だけじゃなくて、左手だけの練習もしてみようか」
- 「テンポを半分まで落として、ゆっくり丁寧に弾いてみてね」
と言われたとき、
「え〜、面倒くさい」「早く通して弾きたい」
と拒否したくなる気持ちは、誰にでもあります。
でも、そこで「よし、1回だけでもやってみよう」
と受け取れる人は、新しいテクニックや考え方を吸収するスピードがぐんと上がります。
ここで大事なのは、
- 「できたか・できなかったか」よりも
- 「一度やってみたかどうか」
という、行動に移せたかどうかの方なんですよね。
素直さは、「やってみる」までのハードルを低くしてくれる力だと感じています。
2.失敗しても、自分をつぶさずに「学び」に変えられる
素直でいると、間違えたときの心のつぶやきが変わります。
- 「なんでできないの、わたしってダメ…」
- 「あ、ここでつまずくんだな。よし、印をつけておこう」
同じ“ミス”でも、
前者は「自己否定」に、後者は「次に生かすメモ」になります。
レッスンでも、「ここ、どうしてうまくいかなかったと思う?」
と聞いたときに、
- 「わからない…」と黙り込んでしまうのか
- 「焦って速く弾いちゃいました」と素直に振り返れるのか
で、そのあとの伸び方が変わってきます。
素直さがあると、
- 間違い=悪いこと
ではなく、 - 間違い=次のヒント
として受け取れるので、失敗を怖がりすぎずにチャレンジできるようになります。
【ケーススタディ】自己流に走ってしまう子の心の中
レッスンでは、ときどき
アドバイスを“そのまま”受け取れない子がいます。
以前、当時小3の男の子で、まさにそんなタイプの生徒さんがいました。
プライドが高く、“できない自分を見られたくない”という思いがとても強い子でした。
宿題のときに、わたしが
「1日、1段目だけでいいから、ここだけ練習してきてね」
と伝えても、なぜか全部を通して弾こうとするんです。
おそらく、部分練習をする=“できていないと認めること”を意味するように感じていたのでしょう。
でも、全部を流して弾くと、
どこも深まらず、ただ音を並べただけになります。
この状態が続くと、
- 練習している“つもり”なのに上達しない
- 結果が出ないのでやる気がなくなる
- できない現実を見たくないので、さらに自己流に逃げる
という、苦しいループに入ってしまいます。
この子は発表会だけは練習するタイプで、
毎年ぎりぎり仕上がるのですが、年間を通した積み重ねがないため、
レベルは上がらず、最終的にやめてしまいました。
責めたいわけではなく、その背景にはいつも、
「できない自分を見せたくない」
「ミスを認めるのがこわい」
という、小さな心の防衛反応があります。
だから、“素直さ”は技術の問題ではなく、
自分を責めず、現実をそのまま受け取る力なんだと、あらためて感じています。
3.「自分の音」をフラットに聴ける耳が育つ
素直さは、技術だけでなく “耳”の育ち方にも深く関わっています。
心が固くなっているときは、自分の演奏を録音で聴くと、
「うわ、最悪」「下手すぎて聴いてられない」
と、すぐにイヤになって停止ボタンを押したくなります。
でも、素直さが育ってくると、
「思ったより速くなってるなあ」
「強く弾きすぎて、メロディがかくれてるかも」
と、良し悪しのジャッジよりも、「事実」を観察できる耳になっていきます。
これは、ピアノに限らず、
- 自分の話し方
- 仕事の取り組み方
- 人との関わり方
などにも共通する力です。
「できてないところ」ばかりを見るのではなく、
- 「ここはよくなったな」
- 「ここは、もう少し丁寧にやろう」
と、自分をフラットに見てあげる耳があると、自己信頼も少しずつ育っていきます。
4.先生や家族との信頼関係が育ちやすくなる
素直さは、人との関係にも大きな影響を与えます。
レッスン中に、
- 「ここ、もう一回やってみようか」
- 「ここの練習、家でも少しだけやってきてね」
と伝えたとき、
「はい」と返事だけして、心の中ではモヤモヤ…
という状態と、
「あ、ちょっと悔しいな。でも、やってみたら変わるかも」
と受け取れる状態とでは、
先生側が感じる「一緒にがんばっていけそう」という感覚がまるで違います。
また、お家での声かけでも、
- 「なんでちゃんとやらないの!」より、
- 「今日はどんな音が出た?」
と、結果ではなく“プロセス”に目を向けて声をかけてもらえると、子どもは安心して素直でいられます。
素直さは、その人だけの努力ではなく、
- 先生の関わり方
- 親御さんの声かけ
- レッスンの場の“空気感”
この全部で育っていくものだと、わたしは思っています。
今日からできる「素直さトレーニング」3つ
最後に、ピアノ練習の中で「素直さ」を育てる、
かんたんな練習アイデアを3つご紹介します。
① アドバイスを「全部」じゃなくて「ひとつだけ」試してみる
レッスンで言われたことを、全部やろうとしなくて大丈夫。
「今日は、この1つだけやってみよう」
と決めて練習してみてください。
- スラーを意識して弾く
- 左手をゆっくり練習してみる
- 指番号を守って弾いてみる
など、小さく試すだけでも“素直筋”は育っていきます。
② ミスをしたら「データがとれた」とつぶやいてみる
間違えた瞬間に、
「またダメだ…」ではなく、
「あ、ここが弱点なんだ。データがとれた。」
と心の中でつぶやいてみてください。
それだけで、
自分を責めるモード →改善ポイントを探すモード
に、少しシフトします。
③ 練習前に「今日はどんな音に出会えるかな」と問いかける
ピアノの前に座ったら、深呼吸をひとつして、
「今日はどんな音に出会えるかな?」
と、心の中で聞いてみてください。
うまく弾けるかどうか、よりも「どんな音と出会うか」に意識を向けると、
自然と心がやわらかくなり、素直な状態で鍵盤に触れやすくなります。
おわりに
ピアノ練習において「素直でいること」は、
- 新しい弾き方や考え方を取り入れやすくする
- 失敗を“学び”に変える力になる
- 自分の音をフラットに聴ける耳を育てる
- 先生や家族との信頼関係を深める
そんな、静かだけれど力強い土台になってくれます。
素直さは、生まれつきの性格だけで決まるものではありません。
日々の小さな選択の積み重ねで、あとからでもじゅうぶん育てていける力です。
ピアノの前に座るとき、
どうか自分を責めるためではなく、
「今日も、今のわたしにできる一歩を出してみよう」
そんな気持ちで、やさしく鍵盤に触れてみてくださいね。
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